胃潰瘍になりました。そして、手術、治療から、薬に頼らない方法の獲得へ

体験からの胃潰瘍の治療法と予防

夏目漱石にとっての大事件だった胃潰瘍

   

natsume
夏目漱石は、胃潰瘍からの大量出血により、失血死していますが、そのことに関しての記事を見かけました。

かなり壮絶な胃潰瘍の闘病記ですので、参考記録として、抜粋しておきます。


 

夏目漱石の胃潰瘍はピロリ菌の仕業
日経メディカル 「病と歴史への招待」 2007年3月


明治の文豪 夏目漱石は甘いものに目がなかった。茶の間の戸棚を開けたり閉めたりしてしきりに菓子を物色し、饅頭や羊羹をつまんでは胃を損ねた。苺ジャムをひと月に8缶も空にして医者に止められたこともある。鏡子夫人は子供達のために作ったアイスクリームやケーキを夫に分からぬように隠したりした。

漱石は生前「死ぬ時は苦しみに苦しみ、<こんなことなら生きているより死んだ方が良い>と納得してから死にたい」といったが、そのことば通り壮絶な最後を迎えた。漱石が現代に生きていて胃潰瘍はピロリ菌退治で治ると知ったら、今度は何というだろうか。

明治43年6月、42歳のとき東京・内幸町の長与胃腸病院で胃潰瘍と診断され、6週間の入院治療をした。

退院後は修善寺温泉ヘ療養にいったものの、宿に入って 8日目の 8月17日に 100gの吐血、そして、 19日に 180gの吐血をみた。 24日にはゲエーと無気味な音を立て 500gの血を吐き人事不省となり、多くの仲間や門人が宿に駆けつけた。のちに「修善寺の大患」と呼ばれる大事件である。

8月末、ようやく快方に向かい、始めて口にした粥を味わって「こなに旨い物はない」と悦びにひたった。

漱石は22歳のときの身体検査で身長158.7センチ、体重52.3キロ、胸囲79センチあったが、鏡子夫人によれば、度重なる胃病のため晩年は痩せが目立ち、髪や髭もすっかり白くなって老け込んだという。

大正5年秋、4度目の胃病が生じた。 12月2日の午後、排便の際自ら腹圧を試みた瞬間、また急に倒れて昏睡状態に陥った。絶対安静をはかるも 12月9日午後 6時に危篤状態となり、不治の客になった。享年49。

翌日、東京帝大病理の長与又郎博士の執刀で病理解剖が行われ、胃潰瘍からの大量出血による失血死と判明した。

近年、豪州のマーシャルとウオーレンは胃炎や胃十二指腸潰瘍の成り立ちにピロリ菌の感染が深く関わっていることを発見し、2005年度ノーベル医学・生理学賞に輝いた。最近の新聞報道によれば5万8000年前のアフリカの人類にもピロリ菌が見つかったという。とすると漱石の胃壁にもピロリ菌が巣食っていたことは十分考えうる。

 - 胃潰瘍関係のコラム , ,