胃潰瘍になりました。そして、手術、治療から、薬に頼らない方法の獲得へ

体験からの胃潰瘍の治療法と予防

胃潰瘍での手術入院体験記 – 救急車到着

      2017/10/14

救急車来る

tenteki

どのくらい待ったかわかりませんが、わりとすぐに救急車はやってきました。

この頃になると、朦朧としつつも自分で自分の状況もわかってきました。

最初に来た救急隊は3名で、そのうちの一人が私にいろいろと質問をしてきます。

そして、部屋に点々としている血だまりや私の状況を見た後に、他の救急隊を呼ぶというようなことになったようです。

救急隊やそれに関しての厳密な区分や、役割分担というようなことはよく知らないのですが、この最初に来た救急隊と後から来た救急隊とでは、受け持つ区域、あるいは病状などが違うのかもしれません。

なぜかというと、結局、私は自分の周辺地域の病院にではなくずいぶんと離れた新宿区の病院に搬送されたからです。

救急隊の人は私の血圧や吐いた血の量(目算)などを無線で連絡しています。

私の症状と状態について「吐血とショック」と説明していました。

この場合、ショックが一番重要な症状のようで、第一にこれを緩和させることが肝要だ……ということは素人ながらに私自身も知ってはいるのですが、自分で知ってはいてもショックは生存反応みたいなもので、自分でどうこうできるものではありません。

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どんどん血圧は下がり、呼吸は弱くなり、顔色は青白くなっていきます。

吐いた血の量についてですが、結果的にはよくわかりません。

自分としては数リットル単位のものすごい量を吐いたと思っているのですが、救急隊員は500mlと報告していたし、後に病院でも胃から血を排出して、胃からもさらに血はたくさん出てきたわけだし、吐いた血の量自体は1リットルなかったくらいだったのではないかと思います。

総出血量としては推定で2~3リットルくらいだったのではないかと思います。
まあよくわかりませんが、やばい量だったらしいので、ひそかにもっと出ていた可能性もあります。

さて、連絡を受けた救急隊の後続がやってきました。
私は担架に移され固定されました。

そして、何人がかりかは覚えていませんが、数人でマンションの3Fから階段で私を下の救急車まで運びました。

朝方にこんなに大騒ぎしてしまって近所に申し訳ないなと思ったのを覚えています。
何しろ本当に大騒ぎでしたから。

そこに奧さんと子供も乗り込み、救急車はスタートしました。

流れる時間が何もかも遅く長く感じられるのですが、救急車の中での時間は特に長く感じられました。

救急車というのは乗り心地のいい乗り物ではありません。

当たり前なのですが、終始サイレンが鳴っているので静かではないし、これも当然なのですが、急いでいるのでかなり荒い運転となります。担架から振り落とされそうな回り方をしたりもします。

救急車の中で、私は酸素吸入器を装着され、血圧は常に計り続けられていました。
血圧は上も下も60を切り始めて、何だか心許ない感じです。

「血圧低すぎませんか?」

と聞いてみましたが、もしかしたら聞こえなかったのかもしれませんが、リアクションがありませんでした。
まあ、口に酸素吸入器をつけて、しかも体が弱っていて声もよく出なかったでしょうし。

「そういえば、どこの病院に行くのだろう?」

それを聞いていなかったと思い、救急隊員に少しゆっくりとした口調で聞いてみると「新宿にある国際医療センターの救急外来に行きます」とのこと。順調に行けば、20分くらいで到着するとも。

早朝の街中を猛スピードで救急車は新宿まで走りました。

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